調教って 何処まで進みましたか?
「調教って、何処まで進みましたか?」
こういう事を言う男性諸氏が大変多いのは、一体なんでだろうか(笑)
偏差値の名残でもあるまいし、どこまで進んだのかって 何を指すのか?
調教と言う言葉自体、言葉の通じない動物にならわかるけれど
人間同士、絆をどのくらい太く出来ているのかのほうが大事ではないのか。
調教という言葉に踊らされ、調教してやる、調教してくださいと正座して挨拶しろ
中身もなく形ばかり整えたところで、人間性は透けて見えてしまう。
長く続かないのは、実は調教と言う言葉だけに踊らされた、
Sさんという薄っぺらな人間性なのではないだろうか。
何処まで進んだのか なんて、まったくもってナンセンスではないか。。。
言うならば、どのくらい信頼されて(して)いますか?と聞かれたい。
苦痛に限らず、恐怖で人はパニックを引き起こす。
過呼吸になったり、悲鳴を上げ続けたり、痙攣する、低体温など
ショック症状を起こしやすくなる。
信頼とは、そういうときに突き放さない、しっかり支えてくれること。
こちらの症状を受け止めて、支える方策を取ってくれると信じきれること。
否定されないと、信じれること…。
(否定され嗤われて、濡れるという人は別にしてですが…)
行為の深さが、どれだけなのかの問題じゃないと思う。
心の絆が、どのくらいまで預けられるのか、委ねる気持ちを持てるのか。
それが、精神が大事だといわれる所以なのだと思う。
私は主従ではないので、主従に関してはまた違う考え方があると思うので、
SM論を講じたいのではなく、個人的な主観のみ申し上げた。
私の、一個人としての考え方でしかないのをお断りしたい。
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