幼い頃から積み木や机の角に秘所をこすり付けていたなど、喜ばせるような経験はない。
いつの間にか気がついたときには、縛られて脱出できないまま苦しんでるシーンに胸を熱くさせ、入れ替わりたいと強く願いドキドキ見守っていた。ある時に、荒野の廃屋に連れ去られた主人公が、24時間以内に中和剤を打たなければ死んでしまう毒薬を注入され、柱に縛り付けられ、苦しい体勢で、意識が遠くなりながら味方の助けを待つという内容のシーンがあった。
私は、夢中になって見守り、下腹部が痛いくらいに熱くなって無事救出された主人公が、ぐったりと見方の腕の中で気を失うシーンに魅了され、うらやましくて、うらやましくて、叫びだしたいほどうらやましかった。。。はっきりと意識し始めたのは、きっとあの時だと思う。
それなりに子どもが生きる環境には適さない苦しい時期が長くあり、今で言う精神的な虐待もあったのが多少影響はしているのかもしれない。
戦争から死ぬ覚悟をしていたのに、戦友は死の出撃をし自らも覚悟を決め、しかし運が幸いして生き延びた人の話をしみじみと考え、生きることにギリギリまで追い詰められていた私は、一つ決断した。
中学の一年生の時…。
もう 生きるのが苦しすぎて、でも死んでやることもできない。
私は自らを擬似的に殺してしまうことにしたのだ。
私が苦痛で苦しみを誤魔化す事をするMだということを、そのときに知っていた。
ただ、大怪我に属するほどの傷を自分に与えた割りに、つまらなかったので二度としなかった。
ナイフで切ったなどと言うものではない。
自分の肌を焼ききったのだ。 擬似的にでも「死んだ」としたかったのだから、一瞬の痛みや簡単に切り裂くなどでは納得が出来なかったのだ。
じわじわと熱を加えて何処まで我慢できるのか。
どれだけ出来たら 「死んだ」と 思えるのか。
私はそれに賭けたのだ。
そして、真っ黒に炭化した肌を破り捨て、私は再スタートした。
しかし、感想は一言。 「なんて つまらない!」
私は心からがっかりして、二度と自傷をしなかった。