reiの主として。
主は、暴れん坊の過去を持つ(笑)
しかし暴れん坊なところを、主のSMの中に見出すことは決してない。
SMにおいては、常に冷静で、緻密、そして確信犯である。
主のポリシーに、女が「止めて!」と言うものを、力で押さえ込んでまで
与えるという図式はない。
(そういうことは野郎相手に散々してきたから、もう飽きているとか?w)
嫌がるならば、嫌がらせない方法を考え、進んで欲しがらせる。
主の考え方は、今も最初も同じだ。
これが良いのか悪いのかは、SMに対する考え方の違いだろう。
ただ、私にとって、安心感はきわめて大きい。
私は、何処までも預けて、何処までも責任を放棄したい。
私は自分自身に関して、一切合財の責任を放棄してしまう。
痛みもぼんやりとしてしまうから、怪我しても気がつかないかもしれない。
もっととせがんでいるうちに、怪我するようなことがあったら
きっと、もっとトリップしてしまうだろう。
悲鳴を上げて、痛みを訴えることは出来ても、その後に襲ってくる快感の波に飲み込まれてしまうに違いない。
私は、感じ始めたら、言葉にならない。
思っていることや感じている事を、言えたらどれほどいいだろうかと思う。
でも、私の想いは、喉のところで折り返し運行をして、決して口から出ない。
通行止めである。
私は、言葉にして表現するのが苦手だ。
SMのプレイになったら、よけいダメダメだ。。。
上手く言えない想いが、私の中で折り返し運行をする。
涙になって溢れても、言えない。
だから、主が必要なのだろうと思ったりもする…。
下記、主からのメッセージです。
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愁いと憂いと 目くじらと
最初から目くじらを立てて暴走しないように。
くれぐれも勘違いしないように。
自分あっての相手ではなく、相手あっての自分です。
好き勝手にしても良いというわけではありません。
己の欲望だけ満たしても駄目です。
約束は守りましょう。
嘘も駄目です。
冗談は和みを作りますが、嘘は傷を作ります。
そもそも自身に揺るがない自信があればいいことです。
優しくするとかしないとかではなく、
「憂いと愁い」を持っていれば絆は深まります。
絶対というものは無いとしても
それでも相手は絶対的なものが欲しくなる時がやってきます。
それが何かは、個々ですべて違います。
鬼になっても、畜生にはならないように。
相手を支え、気を配る。
気遣いではなく気配りです。
三つの能力も必要です。
その一つでも欠ければ長くは続きません。
一つは「頭」一つは「力」一つは「心」
我侭とは、我人に尽くすということです。
我侭を叶えてもらったならば、相手に尽くすことも必要です・・・。
なぜ、どうして・・・そんな疑問も生まれます。
大切なのは、その疑問に対してきちんと答えて応えればよいことです。
答えてくれなければ不安になります。
やがては不満になります。
恐怖も生まれます。
最初から目くじらを立てて暴走しないように。
くれぐれも勘違いしないように。
自分あっての相手ではなく、相手あっての自分です。
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