SM 打たれる至福~深紅の彼方へ �A�N�Z�X�����L���O
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2007/5/22 火曜日

蕩ける(とろける)

Filed under: 苦痛であること — rei @ 13:13:08

私がスイッチが入る状態は、いわゆる『蕩ける症状』ってやつで…()

この状態になるのは、いとも簡単だ。
主に逢えば、それはそのまま『蕩ける』にダイレクトになってしまう(爆

つねられて、「痛いんですけど…( -”-)」なんて、まったく介在しないw

つねられた=「はぅぅぅん(/////)」 もう、快感のスタートだw

いつでも、何処でも。 何をしていようと、そんなことは関係ない。

主が私の手をとったら、もうドキドキ期待が高まってるし、痛くなるように私の指を重ねて、その上から主がぎゅっと握る。

もうこれだけで、歩けなくなる() 蕩けるわけですねぇw

痛いですぅ(T-T)  痛いってば なんて、全然ないのw

(//_//)カァ~ッと 嬉しさに 蕩けるわけですねぃw
惚けてしまうんですわ^^

主様に会って、手をぎゅっとつねられて、「でへw」と笑ったら
「お前、ここはまだ にやける場所じゃないぞ」と呆れられたという話を聞いたことがあるけれど、私の場合は笑うなんて余裕もないw

はぅ! とばかり、一気に高まってしまうわけで、主に逢って分厚い胸板におでこをつけて、主の匂い(ダンヒルと主の融合だにゃぁ(/////)と嗅いだら、もう メロメロって訳なんですねw

んで、ぎゅっと痛くしてもらったら、もう!もう!もう!もう!

性感帯と呼ばれる場所を愛撫されるなんざ、あたしにとったら いけませんぜw

んなもん、こっぱずかしい(爆

早く痛くしてもらいたくて、こっちはうずうずしてるわけで…() 
車で移動する時など、腿の上の辺りや、内腿、二の腕の中側のところなど、痛ぁい部位を、主がねじる。

こういうのを待っているし、また何度でもねじ切って、一晩中私の色々な場所をねじったりつねったり、叩いたりしているわけですねw

私が完全にトリップして、防御を最後の最後まで下ろしてしまった時は、確かに一割程度であるけれど、目的はトリップじゃない。

私がわざわざ「打たれる至福」とタイトルにしたのは、「打たれる行為」そのものに至福があると感じる、私の性癖に対してタイトルをつけているので、たまたま「打たれる行為」のずっと先のほうの枝分かれしたところにある、トリップした状態に行き着くことが目的ではないのだ。

たまたまストライクゾーンをぶっちぎって、見事ストライクを決めたら、主と逢う意味があるとするわけではない。

スコアが良かろうが、風雲があってスコアが伸び悩んだところで大した違いはない。

毎回 2千回も3千回も叩かれるのも なんなんだしなぁ~w
(いや、それはそれで素晴らしいけどw)

私が、求めていることは、すなわち 苦痛そのものである。

『絶叫し、転げまわっていること』

=完璧な『至福』である。

ファイナルアンサーであり、確定している。

だから、打たれて痛かったりする後に快感がやってくるけれど、そんなことは二次的効果でしかない。

勿論トリップすれば、うっとりとした幸せの時間が来るわけだけれど
だからといって、「もう満腹だ!」とはならないのだから、幸せではあるけれど決定打ではない。

結果的に行き着いただけのことであり、本来の目的は苦痛に我を忘れたい、つまり苦痛の真っ只中にいたいわけなので、トリップしてフィルターがかかってしまったら味わって無いじゃんかwってな感じかな?()

ヘトヘトになって吸い込まれるように眠り込んじゃっても、目が覚めれば、また叩かれたい私に戻っている。

もう満腹だから、後はやさしくしてねなんて、
「てやんでー!べらぼうめっっ!」 なんだなぁw

終わらないんだから、トリップしたかどうかの意味はあまりないんだ。

ただ、満足感の維持は確かに長く持続するかもしれない。
つまり、逢えない間の精神的安定感は、苦痛が多ければ多いほど、下ろせた荷物が多いので、それだけ軽やかに走れて、荷物を背負い込んでも余裕があるというわけだw

トリップしたほうが長く安定するかどうかは、今のところ微妙かな。

トリップしないで、ずっと「ぎゃーー!!!!! ぎぃぇええええ!」ってのもおつなものでwww

結果は何だっていいって物でもないけど、主が与え、私が満足する。

主が与えるものに違いは無い。 断定です。

私の理想は、あくまでも

主が、真の王として認めるだけの存在で居てくれること。

そして、私に苦痛を与えてくれること。 

また、抱いて痴れ狂わせてくれること。

この三つが叶うことが理想である。

私が真から認める「王」であるかどうかは、常々の主の在り方に基づいた私の心だ。
感情もあるし、理性もある、普通の心が認めるかどうかである。

Mの私だから、Sの主を認めるというのは、私の場合には無い。
私は、ごく普通に生きている日常も含めた私自身のすべてで、主を王として認めたい。
主に矛盾を感じることは、私の信頼が崩れてしまうことだ。

主は、私に惚れ直させるだけの、主たる人間としての度量を見せてくれる。

私が心からOK!となれば 再構築完了だ。

また付き合う中で「ずれ」があれば、軌道修正もあるだろうし、再構築が必要だと主が判断するかもしれない。

それは私の決定するところではない。

私は単に、この「ずれ」をいかがしてくださいますかと、問うだけだ。

いかようにしようと文句は無い。 
主のすることだから。

ただ、結果を私が受け入れられるレベルに構築が完了しなければ、その時はそれぞれの道があるだけだろうし、そういうシビアな面が私にあるのは、激しい苦痛を介在にしている以上、仕方のない私の感情の部分だ。

主が私のシビアな部分を受け入れ、その上でいかにあるじとして存在するのかを考えてくれれば、私は満足するものである。

そういう意味で、私のインナーマスターは存在しないと考える。

主というならばこう在って欲しい。こんな風にして欲しい。なんて
私にはないw

強いてあるとするならば、意外な面白さを期待しちゃうってところかなw

主の反応は、毎回私の想像を超えていて、
(ぉぃ、こうきたぜw)って感じるものがあるんだよねぇw

その意外さが面白いし、また余裕を感じさせる対応に感謝している。

明るくて前向き、伸びやかな性格であるけれど、けっこう怒りんぼでしょっちゅうあちこちで知らずに主の逆鱗に触れ、主から制裁を加えられている困った人々もいる() 

社会マナーに関しては厳しいのだ@主
そのくせ昔は番長w 矛盾が無いのが面白くて、かなり楽しませていただいてますw

私はいつも思う。

主が「ブランド」

私の全部を預けるブランドである。主が行うこと、主の考え方は私のブランドのようなところにあり、私は主ブランドにぞっこんである(/////) 

でも、ブランドだって時々外れも出しちゃうわけで、努力を怠り、質の悪い商品しか出さなくなったり、儲け主義に突っ走って商品価値が下がれば、いくら有名ブランドといえども人気は地に落ちてしまうだろう。

ブランドを愛するがゆえに、期待も大きく、存在の意味を知らしめていて欲しい。

どういう形であってもいいのだ。 主が主たる姿勢を示すこと。

私が主の姿勢に心から喝采すること。

一事が万事である。

日常の考え方でも同じ、プレイでも同じ。苦痛でも快感でも変わらない。

これは、私の尽きない妄想に関しても、同じだ。

私の妄想は、事細かに、詳細に想像するw
妄想は詳細であればあるほど楽しく、また一種精神的快感を得られる() 

妄想の詳細さを省き、大体の形で主に伝えることをしている。
その一端がこのブログでもある。
他に、おねだりすることも無くはないけれど、主が約束しない限り、私の中では妄想の吐露というレベルに存在する。

単に気持ちを伝えたまで ってやつだ。

如何するのかは、あくまで主の判断に委ねている。

ずっとおねだりしていることで、してくれないし、しない理由も知らないことだってある。
私は、それでもかまわないし、また私が妄想した事を主が現実にしようとするような、そんな関係も望んでいない。

妄想を現実にしてくれたら、それこそうれし涙の世界である。大喜びするだろう。

百万回の「ありがとう」だ。

でも,しないからといって、主の価値が下がるわけでもない。

あくまで、如何するのかは主に決定する権利があり、私の範疇ではない。

私という「苦痛を求めるM」を受け入れると主が約束してくれたことに対し責任は果たしていただきたいが、どういう形で果たしていくのかは、主の決めることである。

私は単に、私の感情の情報を、主に公開しているに過ぎない。

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